小春日和

〜小さな春の唄〜








始まりは、9歳の春だった。

「小春、行きますよ。」
「はい!只今参ります!」

この辺りを治める公家の屋敷に仕官が決まったのは、2月前のこと。
幼き頃に亡くなった父は、私に「強くなれ」と言った。
ただ、それだけの理由だけれども尊敬していた父の言葉こそが全てだった私は
女の生まれながらも武芸を嗜み、並みの男性と戦っても負けないくらいに強くなった。
その評判が、この辺りの土地を統治する伊波家の耳に入った。
実力が認められたのか、興味本位だったのかは今でもわからない。

「小春で御座います。」
「そちが、噂の女子か?」

私が仕える主君となったのは、私と歳はそう変わらないであろう(後で聞いた話しでは、1つ下らしい)
まだ幼さと甘えが残る男子・・・・梅実様という名前のお方。
何に驚いたのか私の姿を見て、目を白黒させている。

「男勝りの女傑と聞いらから、どのような者が来るのかと怯えておったが...なんと可愛らしい娘ではないか。」
「そのようなお言葉・・・勿体のう御座います。」

武道一筋で生きてきた身分、公家の方とお話を出来るなんて思っても見なかった。
私の生まれた家の何十倍もあるであろう土地の広さや、豪華絢爛な屋敷の造りにも圧倒されてか、
私は、ひたすらに、恐縮をするしかなかった。

「護衛役とは・・勿体無いのう。」
「勿体無い・・で、御座いますか?」
「そうじゃ。どうせなら妻になるべきじゃ。」

予想だにしなかったお言葉に、今度は私が目を白黒させた。
まだ幼い筈なのに。これが公家というものなのだろうか。

「小春は、護衛役に御座います。梅実様の妻などとてもとても・・・」
「ふむ・・・そういうものなのかのぅ。」
「はい・・・。」

残念そうに溜息をつかれた梅実様は急に立ち上がり、私の手を取った。

「そうじゃ。堅苦しい挨拶はもう良い!小春、梅実と共に蹴鞠をして遊ぼうぞ?」

私に拒否をする間など与えず、梅実様はぐいぐいと手を引っ張っぱり、
それはそれは広く、そして美しい庭へと私を案内して下さった。
庭には、梅が咲き乱れていた。

「ほれ、何を呆けておる?」

梅実様の投げた鞠が私の方に飛んできた。
私は、蹴鞠を言う遊びをしたことがなかった。
慌てて、それを手で受け止めると、

「蹴鞠は足で蹴るゆえ、“蹴鞠”という名じゃ。手で受け止めてどうする。」

梅実様は、楽しそうに笑っていた。
きっと、こうして友人と遊んだことなどなかったのだろう。
それは私も同じことだけれど。

何回か蹴っているうちに、蹴鞠の遊び方やコツが少しずつ解ってきた。
梅実様も、遊び相手が居ることに喜びが隠せない様子で、
足を休めず、無邪気に息を切らしながら語りかけてきた。

「小春、この庭は美しいであろう?」
「はい。綺麗な花が咲いていて・・
「うむ」

転がってきた鞠を手で止めると、軽く息を整えて、
庭の傍らで花を咲かせていた梅の木を指差した。

「今が、満開じゃ。」
「・・・?」
「梅の花。
 梅実の“梅”は、梅の花の“梅”じゃ。」
「はい。」
「母上と父上がくれた名である。
 梅実は、この名を誇りに思っている。」
「はい。」
「春は、こうして美しく可愛らしい花を咲かせてくれる。
 だから、梅実は春が好きじゃ。」
「はい。」

自分のことを語る梅実様は本当に、嬉しそう。
私もついつい、顔が綻んでしまう。

「実はな、今年は開花が遅れてての。」
「はい。今年は春が来ても、寒う御座いました。」
「昨日、咲いたばかりじゃ。」
「私は、いい時期に此処に来ることが出来たのですね。」

あと4日も遅れれば、梅の花は散ってしまっていたのだろう。
この梅の花を見ることが出来て良かった。
本当に、そう思う。
しかし、梅実様は首を横に振った。

「それは、違う。」
「・・・・え?」

何か、おかしなことを言ったのだろうか。
私が困った顔をしていると、梅実様は優しく微笑み、梅の花を見上げながら仰った。

「小春が、春を連れてきてくれたのじゃ。
 小春の“春”は、春夏秋冬の“春”じゃ。
 小春が隣に居れば、梅実の隣にはいつでも“春”が居てくれる。
 だから、梅実はそれが嬉しい。」

なんと、純朴な御方。
なんと、無邪気な御方。
私はゆっくりと、梅実様の前に跪いた。

「梅実様が望むならば、小春はいつでも梅実様の傍らに居ります。」

そういうと、梅実様は優しく笑ってくださった。
この人を護ることができる。
私は幸せ、だった。


 





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